夏の夜は嫌いだ。
「やめないの?」
「んー?」
「タバコ」
「あー、はは」
彼はヘラヘラと笑いながら煙と一緒にゆらりと答えた。
「やめたら健康になっちゃうじゃん」
「健康になって何が悪いのよ」
汗で張り付くシーツを払い除けながら上半身だけを起こし、窓際に座っている彼の方を向く。
私に目線だけをチラリと向け、さっきまでわたしと重ねていたその口でタバコを一口。
「健康だと、早く死ねないでしょ」
夜の所為だからか。それとも目が隠れてしまうほどの長い前髪の所為か。
表情がよく見えない彼の掠れた声色だけの笑顔は寂しく、憂鬱とした色っぽさを纏っていた。
「…死なれたら困る」
「困らないよ」
間髪入れずにそう被せ、彼はこちらを見ずに濃紺の空に煙を吐き出す。
外から入る夏の夜の匂いと、わたしの嫌いな煙草の匂いが鼻腔を掠め少し眉を顰める。
雲のない夜空に広がる煙は、少し風が吹くとすぐに闇に呑まれてしまった。
それがすごく切なくて、綺麗で。
「あんたが死んだら」
「え?」
「あんたが死んだら、死んだあんたが後悔するくらい生き抜いてやる」
流れる涙は彼への憎しみからものだろう。
何をしてても掴みどころがなくて、ふと消えてしまいそうなタバコの煙みたいなこの男は、わたしが何も言わずに離れても後を追うことは絶対にない。
そしていつも見せる中身のない、乾いた笑い混じりにこういうのだ。
「幸せになれよ」
「…うるさい」
彼から身体を背けタオルケットにくるまる。
勝手に流れてくる涙に気づかないふりをして目を硬く閉じた。
後ろで彼が低くて小さい咳払いする。
甘いバニラと重いタバコの香りがするこの人は、明日になればその残り香だけを残してきっといなくなのだ。
もう何度も一人の朝を迎えたわたしは、期待することすら諦めてしまった。
同じ朝を迎えることは、これからもないのだろう。
それでいい。それが正解なのだ。
なのに、どうして会えば頬が緩んでしまう。
声を聞けば胸が締め付けられる。
叶うことのない、未来のないこの想いは、蕾のまま枯れていくとわかっているのに。
「おやすみ」
呟くような掠れたこの声で1日を終えられることに、これまでにない幸せを感じてしまうわたしは、もう救いようがない。
この気持ちが笑い話になる日が必ずくるのだろう。
だけどきっと、その時彼は隣にいない。
夏の夜は嫌いだ。
呪いのように纏わりつく、この甘いバニラと重いタバコの匂いと、心地のいい掠れた声をきっと思い出してしまうから。
リクエストでいただきました、「クズ男」のお話をお送りしました!!!
大好物です!!クズ男!!!笑
飄々と現れてスッと消えるような、それこそ煙草の煙みたいな掴みどころのない人が好きですね…
そういう人にしかない魅力があるし、なぜか惹かれてしまう…
手に入らないからこそ魅力に感じるっていうか、これが狩猟本能なのか…
このクズ男、次回の更新でイラストとかにしちゃおうかな……
どんどん妄想が膨らみますね…へへへ……
まだまだSSネタは募集しておりますのでお気軽にお申し付けください〜!
夢きみのこういうネタが見たい!なんかも是非!☺️
前回の記事への暖かいコメント、本当にありがとうございました…!
なかなか本心を晒せる場がなかったのでこうして吐き出す場所を作れて、
見て受け止めてくれる人がいて、とても嬉しいです。
これからも色んなことをこうして記していけたらいいなと思っていますので、
何卒よろしくお願いいたします!!!🙇♀️
それではまた次の更新で〜!👋😎